
ウオッチマン・ニー
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〜 その他 〜
*十二かご
*福音真理問答 |
死と、実を結ぶこと
ヨハネによる福音書第十二章二四節の中で主は、「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである。しかし、それが死んだなら、多くの実を結ぶ」と言われました。命は麦粒の中にあります。しかしながら、麦粒の外側には、殻があり、それは強力な殻です。この殻が破れて開かない限り、麦粒は生長できません。「一粒の麦が地に落ちて死ななければ」。この死は何でしょうか?それは、麦粒の上の地の温度と水分とが作用することであり、殻を破る結果になります。殻が破れると、麦粒が生長します。そういうわけで、麦粒が命を持っているかどうかの問題ではなく、外側の殻が破れるかどうかの問題です。次の節は、このように言います、「自分の魂の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の魂の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至る」(二五節)。主によれば、外側の殻はわたしたちの自分の命であり、内なる命は主が分与してくださる永遠の命です。内なる命が解放されるためには、外なる命は損失を被らなければなりません。外なるものが壊れなければ、内なるものは解放されることはできません。わたしたちの存在そのものは、主によって砕かれなければなりません。主の命は、全地に十分に広がることができます。しかしながら、その命は、わたしたちの内側に閉じ込められています!主は教会を祝福することは十分にできますが、主の命は、わたしたちの中に、投獄され、抑制され、閉じ込められています!もし外なる人が砕かれなければ、わたしたちは教会に対して祝福になることは決してないし、この世がわたしたちを通して神の恵みを受けとることを期待することはできません!
(ウオッチマン・ニー全集 第三期 第五四巻 霊の解放 より)No30103
外なる人と内なる人
ローマ人への手紙第七章二二節は、「わたしは、内なる人によれば神の律法を喜びますが」と言います。わたしたちの内なる人は、神の律法を喜びます。エペソ人への手紙三章十六節は、「力をもって、彼の霊を通して、あなたがたを内なる人の中へと増強してくださいますように」と言います。コリント人への第二の手紙四章十六節では、パウロは次のように言います、「わたしたちの外なる人が朽ちていっても、わたしたちの内なる人は、日ごとに新しくされていきます」。聖書は、わたしたちの存在を、外なる人と、内なる人に分けます。神は内なる人の中に住まわれ、この神に占有された内なる人の外側にいる人が外なる人です。言い換えれば、わたしたちの霊は内なる人であり、他の人々が触れる人は外なる人です。
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人の三部分
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わたしたちの内なる人の外側には、わたしたちの思いや、感情や、意志があります。これらすべての外側には、わたしたちの体、すなわち、わたしたちの肉体があります。人が神のために働くためには、彼の内なる人が解放されなければなりません。多くのしもべたちが持つ根本的な問題は、彼らの内なる人が外なる人を破って外に出て来ることができないことです。内なる人が解放されるためには、外なる人は砕かれなければなりません。内なる人が解放されるやいなや、多くの罪人は祝福され、多くのクリスチャンは恵みを受けます。
(ウオッチマン・ニー全集 第三期 第五四巻 霊の解放 より)No30102
砕かれることの重要性
神の奉仕者は、自分の働きに対する最大の妨げは、自分自身であることを遅かれ早かれ見いだします。彼はいつかは、自分の外なる人が、自分の内なる人と調和しないことに気がつきます。内なる人は一つの方向に向いており、外なる人は別の方向に向いているからです。彼は、自分の外なる人は霊の支配に服することができず、神の最高の要求にしたがって歩くことができないことを見いだします。神の奉仕者はすべて、自分の霊を活用することができなければなりません。それは、彼の霊の中で、神の臨在を得るためであり、彼の霊を通して神の言葉を知るためであり、彼の霊によって人の状態に触れるためであり、彼の霊を通して神の言葉を伝達するためであり、彼の霊をもって神聖な啓示を感じて受け取るためです。
(ウオッチマン・ニー全集 第三期 第五四巻 霊の解放 より)No30101
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