
福音真理問答
〜 その他 〜
*ウオッチマン・ニー
全 集
*十二かご |
恵みとは人が当然得るべきものを与えることでしょうか?
恵みとは、人が当然得るべきものを与えることではありません。ローマ人への手紙第四章四節は言います、「働く人に対する報酬は、恩恵としでではなく、当然の支払いとして認められている」。言い換えれば、得るべきでないものを得るのが恵みです。もし得るべきものであれば、根本から恵みの意義が取り消されてしまいます。恵みが恵みであるのは、功績の成分がないからです。エペソ人への手紙第二章八節は言います、「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより」。救われるにふさわしくないのに、救われるがゆえに恵みなのです。ローマ人への手紙三章二四節は言います、「価なしに、神の恵みにより・・・義とされるのである」。「価なしに」とはどういう意味でしょうか?「価なしに」とは、原文ではヨハネの福音書第一五章二五節で主が言われた「彼らは理由なしにわたしを憎んだ」の「理由なし」と同じ字です。神の恵みが、価なしに人を義とされるとは、神が理由なしに人を義とされることです。「聖書はすべての人を罪の下に閉じ込めたのである。」(ガラテヤ三・二二)。「神は・・・すべての人を不従順の中に閉じ込めたのである」(ローマ十一・三二)。神は人をみな、同等の地位に置かれました。だれ一人として、行ない(善行)によって救われることはできません。すべての人は必ず、恵みによらなければ救われないのです。あなたがもしパウロに対して、どのようにして救われたのかと尋ねるなら、彼はきっと、神の恵みによってである、と答えるでしょう。あなたがすべての聖徒に対して、どのようにして救われたのかと尋ねるなら、彼らはみな、神の恵みにによって救われた、と答えるでしょう。恵みとは、神が理由なしに人を救うことです。
(福音真理問答 第一問 より)No30301
|